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レーガン、この日本人アーチストは、3D的技術と構図をいち早く取り込んだ独特の画風の作品を、 膨大に短期間に残して突如姿をくらました。まるで写楽のように。 いわゆる「コギャル」に苛めていただくテーマの描写が多い。 外国でもハイスクールの制服の美少女に苛められる作品はある。が、日本におけるこのテーマの突出 さは異例で、ゆうに独立したひとつのジャンルを形成するほどである。「日本の男は皆ロリコン なのか?」と外国人が思っても不思議はない。無論そうした男ばかりではなく個々人は多様なのだが、 一般的傾向として、そうしたロリコン的傾向は近年強くなっているのかもしれない。 しかし「日本の男は皆ロリコンか?」の疑問には、別の側面からの誤解も混入している。 日本の若いアーチストの絵のキャラは、多くがアニメ(animation=動画の意味だから、静止画まで アニメと呼ぶのはやめた方がよい)のセル画やコミックのキャラの模倣からの影響が多い。それらは 本来、少年少女向けのメディアであったから、主人公のキャラが少年少女の幼い身体、幼い表情で 描かれたのは当然である。こうした類型的な、外国人の目には「どうみても幼児か子供」にしか見え ない人物描画の氾濫により、日本は幼児ポルノ横行の国と誤解されている面もある。 レーガンの作品は、そうした誤解によるものの範疇ではない。 照準はコギャルにぴたりと正鵠を合わせられ、高校別の制服の描き分けへのこだわりなども含め、 彼女たちの行動や特徴を、観察眼鋭く生き生きとリアルに捉えている。少女から成熟した女に羽化する 過程の彼女たちは、未成熟で無知(性体験のあるなしに関わらず)ゆえの手加減のない残酷さを潜め ている。秘めていてくださるのだ。 汗と汚れに蒸れたソックスやパンティを嗅がせてくださり、唾やおしっこをひっかけてくださり、 恥辱にまみれながら射精して果てる変態の姿を、嘲笑してくださるのである。 |